This is the way
――飲み会にて。
「はいはいはい!今フレデリックが頑張って飲んでるのに〜、お菓子食べまくってる奴がいるんですけど〜」
「その名は〜!?」
口に入れかけたポテトチップスを思わず噴出して、エミリオが恐る恐る顔を上げる。お座敷のテーブルを囲む人の中、同時に湧き上がるエミリオコール。そんなエミリオの前には堂々と置かれたア○ヒビール。
「まじで……しかもサラ缶!?」
「あれー、フレデリック、エミリオが嫌そうなんだけど。仕方ないからフレデリックがもう一缶……」
エミリオ用のサラ缶をテーブルの反対側からすばやく奪い、隣ですでにふらつき始めているフレデリックの手に持たせようとしているロックウェルを見てエミリオが慌てて制止の声を上げる。
「……わかった、わかった!飲みますよっ」
「はい、全部全部〜♪」
豪快に喉を鳴らしてビールを流し込むとき、視界の端でロックウェルがにやりと笑ったのをエミリオは見た。
「……くっそ〜ロックウェルのやつ!あいつ俺にばっかり飲ませて!」
「お前ずっとスターターやってたもんな」
今しがた胃袋を空っぽにしてトイレから出てきたエミリオは、居合わせたロベルトに愚痴っていた。
ロベルトのいうスターターとは、飲み対決の開始を告げる役のことで、最初にビール缶を飲み干し、それを頭に乗せなければならない。今日はキッド対ロベルト(サッカー部対決)、フレデリック対ロックウェル(イケメン対決)、なぜか2組の飲みに乱入してきたジョルジュ対フレデリック(かわいい対決)のスターターを全てやらされたエミリオは、既に4缶空けていた。飲み会の盛り上げ役であるロックウェルとロベルトは、今回のいけにえにエミリオを選んだようである。とは言っても、今回に限らず大抵エミリオが選ばれる。
「俺もう無理!しばらくここで休んでる」
「まぁ待てよ、エミリオ。ってかさ、ロックウェルがつぶれてるとこ、見たことなくね?」
「え? うん、確かに……」
過去をさかのぼって記憶を辿るエミリオに向けて、ロベルトはグッと親指を立てて見せた。ロベルトの意味ありげな笑みに、エミリオの表情は引きつった。
「は? まさか……」
「……つぶすぞ!」
「えっ無理だよ、無理……。ロックウェル口上手いから、反撃くらうよ!」
「いや大丈夫だって!いけるいける。あ、アルマンド!ちょっと来いよ」
酔っ払ったジョルジュをトイレに連れてきたアルマンドをロベルトが呼び止めた。ロックウェルぶっ潰し作戦のメンバーに誘われたアルマンドは、トイレにジョルジュを残しておくのが心配だったのか一瞬躊躇したが、すぐに乗り気になった。
「ロックウェルのやつ、さっきの『缶ゲーム』でジョルジュを指名しやがったしな」
……缶ゲームとは、名前を呼ばれ指名された者は、目の前にある缶を一缶空け、更にその分を補充するために追加で一缶買ってこなければならないという理不尽極まりないゲームである。…………。
「三人でかかれば絶対大丈夫!やろうぜ!」
「う〜……確かに……アルマンドもいるなら、いけるかな……。よし、わかった!ロックウェルをつぶそう!」
アルマンドも口の上手さではロックウェルに負けていない。ただ彼の場合、横からジョルジュが余計なことを口走ってくるため、結局飲む羽目になることが多々ある。だがそのジョルジュも今はトイレで死亡中。
三人は目を合わせて力強く頷いた。相手は強敵、計画を練ったほうが良いんじゃないかと言いかけたエミリオに構わず、ロベルトとアルマンドはコンパ部屋の扉を勢いよく空けた。即座にロックウェルがお帰りコールを振る。ここはしょうがない、と三人は適度に缶の中身を減らす。飲み終えた一瞬の沈黙を逃さずにロベルトがビシッと手を上げた。
「はいはいはい!」
「はい、ロベルト!」
意気揚々とロックウェルがロベルトを指せば、部屋中の視線がロベルトに集まり一瞬にして静かになる。
これから起こるであろう出来事を想像して、エミリオは密かにガッツポーズをつくった。
あのいつも自信満々で人を見下したような態度の彼が親友に嵌められる様を、是非とも見てみたい。そして自分の飲み干したア○ヒ4缶分の復讐を果たしてやる!
……そう心の中で怒りの炎を燃え滾らせるエミリオは、悪役の下っ端のような顔つきになっていることに気がついていない。
(いけ!ロベルト!)
「なんか〜さっき〜、エミリオが『ロックウェルぜってーぶっ潰す』とか言ってたんですけどー」
エミリオは音を立てて固まった。
ロックウェルの瞳が残忍に光ったのを見た。
――あぁ、さすが親友。
自分のキャラの所為か、ロックウェルのキャラの所為か。どちらにしても自分にロックウェルを潰すことは不可能だと悟ったエミリオは、半ばやけになって5缶目のア○ヒビールを空にするのだった。
コンパ部屋は既に収拾がつかなくなっていた。つぶれたエミリオを看病するアン、そのアンの肩に腕を回し煙たがられているキッド。なぜか上裸で寝ているフィリッポに、彼が寝ているのをいいことにここぞとばかりにロックウェルに寄り添っているパトリシア。すでに個人プレーに走り始めているクラスの奴らを見渡して、ロックウェルが声を上げた。
「じゃぁ、場も暖まってきたところで〜、そろそろ俺はアルマンドの飲みが見たい!」
ロックウェルの提案に、見たい、見たい、と周囲がはやし立てる中、アルマンドが対抗して手を上げる。
「いや、ちょっと待て。それより、さっきからコール振りまくってる割にしっかりポジショニングしてるロックウェルが飲むべきだと思う!」
アルマンドの言うとおり、ロックウェルの左腕にはパトリシアがしがみついていて、右肩にはフレデリックが寄りかかっていた。まさに両手に華である。ちなみに男であるフレデリックが華としてカウントされていても誰も疑問に思うものはいなかった。
まずった、とロックウェルが苦笑いをすれば彼の親友のロベルトが助け舟を出す。
「いや待て待て待て、それを言うならさっきからキッドがアンにセクってるんだけど、どーいうこと?」
皆がキッドに注目すれば、ちょうどキッドがアンの胸に寄りかかり、思い切りビンタをくらったところだった。
すると、アルマンドの横で寝ていたジョルジュがむくっと起き上がった。
「兄貴のが絶対飲めるし!」
「は!?」
「兄貴が〜、一番飲める!」
「……(汗汗汗)」
……どうやらキッドの件はスルーらしい。ジョルジュはジョッキになみなみとビールを注いだ。アルマンドは必死で皆に向かって手を振って「こいつの言うことは気にしないでくれ」というジェスチャーをしていたが、泡がこぼれそうなジョッキをアルマンドに押し付けて、ジョルジュはにっこり微笑んだ。
「兄貴♪ 飲んで♪ 俺の♪ お・ね・が・い♪」
(こ……このやろーーー!!……か、かわいいじゃねーか/汗)
人差し指を振って上目遣いでお願いするジョルジュには逆らえず、アルマンドはしぶしぶジョッキを空けることとなった。空になったジョッキをテーブルに叩きつけると同時にアルマンドは立ち上がって声を上げる。心なしか目が据わっている。
「ってかなんか皆キッドスルーしてるけど、全然スルー対象じゃないと思います!」
「はっバカバカ、その前にロックウェルの分を親友のロベルトが飲むべきだと思うぜ」
「いやそれよりジョルジュが復活したみたいじゃねーか♪」
「俺の分は兄貴が飲む〜♪」
互いに飲め飲めと擦り付け合って、場は更に収拾がつかなくなっていた。じゃぁもう今立ってる奴らで乾杯すればいいじゃん、とロックウェルがその場をまとめようとした時。
目をとろんとさせたフレデリックが膝をついて立ち上がり、まぁまぁ、と手を振って宥めるしぐさをした。
「穏便に、穏便に♪ ロックウェルが飲みますから〜♪」
ロックウェルの肩に手を回し、空いた手でジョッキを押し付けてくるフレデリックに、ロックウェルは何か言おうとしたものの、言葉が出てこなかった。
「間違いねぇ」
「はい、全部全部〜」
「まじか……(汗)」
思いがけぬ身近な強敵の出現に、ロックウェルは顔に縦線を走らせる。上手いコールも思いつかず、珍しくあせるロックウェルに、フレデリックは屈託のない笑みを見せるのだった。
実はそんなに酒に強いわけではないロックウェルは、この後も何かとコールを振られ、フレデリックに重なるようにして意識を飛ばしてしまうのだが、残念なことに飲み会が終わるまで眠りこけていたエミリオがその様子を見届けることはなかった。